「いやー、今日街角で『無料の自己診断アンケート』って言われて答えたら、すごく立派なボールペンをもらっちゃってさ。それで、なんかアンケートの最後に『〇〇の塾の説明会にも来ませんか?』って熱心に誘われたんだけど……あんな良いボールペンまでタダでもらっちゃったし、なんか断るのが申し訳なくて、つい『行きます』って言っちゃったよ」 「それ、完全にカモられてるじゃん!『無料』をエサにして、断りにくい空気を作られて申し込みさせられたんだよ!」 「ええっ!?別に脅されたわけじゃないのに、なんで俺、あんなに『行かなきゃ申し訳ない!』って焦っちゃったんだろう……」と、自分の心の弱さに後悔した経験はありませんか?

「無料のものを配っている会社は、赤字覚悟で世の中に奉仕している親切な人たちだ」と思っている。これ、実は人間の脳に組み込まれた「タダでもらった恩を返さなければ、私は卑劣な人間だと思ってしまう」という、呪いにも似た強烈な心理の弱点を突く、計算し尽くされたマーケティング(集客)のワナに気付いていない勘違いです。

今日は、全く欲しくなかった商品でも、先に「親切」や「プレゼント」を与えられることで、無意識のうちに「報いなければならない」という強制力(鎖)に縛られてしまう心の仕組み、「返報性の原理(へんぽうせいのげんり)」の背筋が凍るような効き目を解説します。

単なる「お礼」は自発的な善意ですが、「返報性の原理」は、「人間は他人から何らかの施し(親切、プレゼント、譲歩など)を受けると、心理的な負い目(借金をしたような感覚)を感じて不快になり、『もらいっぱなしは気持ち悪いから、何かお返しをしてこの恩をチャラにしなければならない!』と無意識に思い込んで行動してしまう、強烈な社会的・心理的なルール」のことです。

返報性の原理(へんぽうせいのげんり)とは? 一言でいうと

一言でいうと、両者は「ただの物々交換」と「先に借金を背負わせてから利子を回収する」システムの違いです。

「ただの買い物」は、「『この1000円の肉が欲しいから、1000円札を払う』という、対等で自由な意思による取引」です。

これに対し、「返報性の原理(無料サンプルの罠)」は、「『この1000円のお肉、今日だけ特別にタダで1枚食べてみて!』と強制的に恩(借り)を作り、お客さんの心の中に『タダ食いした卑しい人間だと思われたくない!借りを返さなきゃ!』という猛烈な不快感(プレッシャー)を生み出し、そのプレッシャーから逃れるために、仕方なく隣にある『5000円の高級ステーキ肉(割高なお返し)』を自ら買わせるように誘導する状態」です。

人間は、集団生活の中で生き残るために「お互いに助け合う(もらった恩は返す)」というルールを何万年もかけてDNAに刻み込んできました。だから、「もらいっぱなしで逃げる人=ズルい人、嫌われる人」という無意識のブレーキが働き、心が強烈にチクチク痛むのです。商売のプロたちは、この「人間の良心(恩知らずにはなりたくないという恐怖)」を巧妙にハックして、最初に安い「無料(エサ)」を投げ込み、その罪悪感をテコにして「高額なリターン」を釣り上げているのです。

ビジネスの現場での使い方

実際の職場(マーケティングや営業の最前線)で「返報性の原理」という言葉がどう使われるのか、よくある3つの場面を見てみましょう。

「化粧品の『1週間分・無料お試しセット(送料のみ)』を大量にばら撒け!使ってみて効果を感じなくても、『返報性の原理』が働いて、3割のお客さんは申し訳なさから本製品(1万円)を定期購入してくれるから、絶対に元は取れる!」

  • 裏にある意味・意図
    • 「化粧品や健康食品の無料サンプルは、慈善事業ではない。あえて立派な箱に入れて大量に送りつけることで、『こんないいものをタダでもらっちゃった。次からはお金を払って本製品を買わないと、図々しいおばさんだと思われちゃう(罪悪感)』という心理を強制的に発動させる装置だ。無料サンプルの製造コスト(エサ代)なんて、返報性の原理のプレッシャー(恩返し)の力によって数ヶ月で回収できるという、ダイレクトマーケティングの超基本の必勝法則だ」
    • 「タダより高いものはない(後で高くつく)」という言葉を、企業側から見た集客戦略。

「お客様の心を開くには、自社の売り込みをする前に、まず相手にとって『徹底的に役立つ情報(業界の裏話やノウハウ資料)』を無料で差し出すんだ。そうすれば『返報性の原理』で、向こうから『今度お宅のサービスの話も聞かせてよ』と言ってくる」

  • 裏にある意味・意図
    • 「今の時代の賢い営業は、電話で『買ってください!』とお願い(テイク)することから始めない。まず『御社にだけ、この市場分析の貴重なデータを無料でプレゼントします。売り込みはしません』と徹底的に与える(ギブ)ことに徹する。すると思惑通り、顧客は『こんな貴重なデータをもらいっぱなしでは申し訳ない。じゃあ、次はこの営業マンの商品を買って(話を聞いて)恩を返そう』と、勝手に動いてくれるんだ」
    • 北風と太陽のように、相手を動かすには「まずは自分が先に与えること(Give & Give)」が最強の武器だという営業の真髄。

「先輩、わざといつも後輩の残業を手伝ったりコーヒー奢ったりしてるけど、あれは『返報性の原理』を使って、自分が有給を取りたい時に絶対に文句を言わせないための『恩の押し売り(貸し作り)』ですよ。計算高い人だ……」

  • 裏にある意味・意図
    • 「職場における『返報性の原理』は、マーケティングだけでなく人間関係(根回し)のコントロールにも使われる。普段から周りに『小さな貸し(親切)』をバラ撒いておくことで、いざ自分がワガママ(忙しい時期の連休取得など)を通したい時に、周囲は『いつも手伝ってもらってるし、お返ししなきゃ(断れない)』となり、スルーパスが通る。あのコーヒー1杯は、将来の大きな要求を通すための安い先行投資なんだ」
    • 「タダで親切にしてくれる裏には、必ずいつか回収される『恩という名の見えない借金』が積まれている」という、したたかな処世術。

「返報性の原理」と「ドア・イン・ザ・フェイス」の違い

どちらも「相手に言うことを聞かせる心理テクニック」ですが、使う「武器の種類」が違います。

比較ポイント返報性の原理(今回の主役)ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩のテクニック)
相手に仕掛ける【最初の罠】まず、相手が喜ぶ【美味しい無料プレゼント(親切)】を与えて恩を着せるまず、相手が絶対に断る【ふざけた巨大な要求(100万貸して!)】をわざと突きつけて断らせる
相手の心に生まれるプレッシャー「こんなに良いものをもらっちゃったし、【お返しをしなきゃ】悪いなあ……(申し訳なさで行動する)「さっき『イヤだ』って1回断っちゃった(拒絶した)し、次は【少し私が妥協して(相手の譲歩に付き合って)】あげなきゃ悪いなあ……(罪悪感で行動する)
最終的なゴール無料のクッキーをもらったお返しに、「じゃあ、この高いケーキも買っていきます」と購入させる「じゃあせめて1000円貸して?」という本当の要求に対して、「さっき100万断ったお詫びに、1000円ならいいよ」と妥協させる(※実はこれも『譲歩してくれたお返し(返報性)』の一種です)。

現場での面白知識(悪徳商法と返報性の原理): 返報性の原理の最も凶悪な使い方が、いわゆる「催眠商法(SF商法)」と呼ばれる悪徳商法です。 会場にお年寄りを集め、最初は「トイレットペーパー無料!」「食パン無料!」と、徹底的に無料のプレゼント(恩)を浴びせ続けます。数日通ううちに、お年寄りの脳内は「こんなに毎日優しくしてタダでものをもらっているんだから、高い布団(50万円)でも買ってあげないと、人間として失礼だ!(罰が当たる!)」という強烈な強迫観念(返報性の暴走)で完全にマヒしてしまい、喜んで自らお金を支払ってしまうのです。「もらいっぱなしは気持ち悪い」という人間の美しい良心が、最大の弱点になるという恐ろしい実態です。

まとめ

  • 返報性の原理とは、人間は他人から「良いこと(プレゼントや親切など)」を先に与えられると、無意識のうちに「自分もそれ以上の良いことでお返しをしなければ申し訳ない」という心理的なプレッシャー(恩義の縛り)を感じて行動してしまう心理法則のこと。
  • 「無料のお試しセット」や「スーパーの試食」などは、まさにこの「タダでもらったからには、買わないと人間として恥ずかしい」という居心地の悪さをテコにして、高額な本商品を買わせるための計算され尽くしたマーケティング手法の代表例である。
  • 先に一方的に親切を与える「Give(ギブ)」の精神は、相手に勝手に「見えない借金」を背負わせている状態とも言え、ビジネスや対人交渉においては、「要求する前に、まず相手を喜ばせて(与えて)恩を売る」ことが、結果的に自分の要求を通す最強の武器になる。

今日できるミニアクション: あなたがもし仕事で、明日「いつも機嫌が悪くて、書類の承認印をなかなか押してくれない頑固な担当者」にハンコをもらいに行かなければならないなら、今日の帰り際に【100円の返報性の原理】を仕掛けてみてください。 ただ何も持たずにお願いに行くのではなく、コンビニで缶コーヒーを1本買い、「〇〇さん、今日も遅くまでお疲れ様です。これ、差し入れです!」と、今日のうちに『先に(見返りを求めずに)親切だけを与えて(恩を着せて)』帰ってください。 翌日、彼に書類を持っていった時、彼は昨日のコーヒーの「恩(もらいっぱなしの居心地の悪さ)」が心に引っ掛かっているため、いつものように無下に突き返すことができず、「おう、昨日のはごちそうさん。……どれ、書類見せてみろ」と、魔法のようにスムーズにハンコを押してくれるはずです!