「お母さん、新しいゲーム機が欲しいから、お小遣い『10万円』ちょうだい!!」 「はあ!?あんたバカじゃないの!そんな大金、絶対にあげるわけないでしょ!ダメダメ!!」 「ええ〜、分かったよ……親不孝なこと言ってごめんね。じゃあせめて、今日の友達と遊ぶジュース代の『千円』だけでもくれないかな……?」 「もう、しょうがないわね。千円くらいなら……ほら、持っていきなさい」 「(よし!最初から千円が目的だったんだよ!大成功!)」
あなたは今、まんまと相手の罠にはまりました。
いきなり本命のお願いをするのではなく、最初に「絶対に断られるバカでかい要求」をぶつけ、相手に断らせた【罪悪感】を利用して、一番狙っていた小さな要求を通す心理テクニックを「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼びます。
ドア・イン・ザ・フェイスとは? 一言でいうと
一言でいうと、ドア・イン・ザ・フェイス(Door in the face technique:譲歩的要請法)は「人間が持つ『相手がこれだけ譲歩(妥協)して我慢してくれたんだから、自分も少しは譲歩して期待に応えてあげなきゃ悪いな』という心理(返報性の法則)を悪用し、本命の条件をあっさり飲ませる交渉テクニック」のことです。
これを、まさに語源である「訪問販売員が、顔面ギリギリでドアをバタン!と閉められる様子(Door in the face)」に例えてみましょう。
セールスマンはあなたの家のチャイムを鳴らし、いきなりこう言います。 「お客様!今すぐこの100万円の世界最高級の布団を一括で買ってください!!」 あなたは「ふざけるな!」と怒って、セールスマンの顔の目の前で勢いよくドアを閉めようとします(=ドア・イン・ザ・フェイス)。 しかし、ドアが閉まる寸前に彼は悲しそうな顔でこう叫びます。 「わかりました!私が悪かったです!せめて……せめてこの【1000円の枕カバー】だけでも、可哀想な私から買ってくれませんか……!」
すると、あなたは無意識にこう考えてしまいます。 (うーん……100万円の要求をキッパリ断って、相手にすごく悲しい顔をさせてしまったな。相手はわざわざ1000円まで大幅に値下げ(譲歩)してくれたわけだし、ここで1000円すらケチって断るのは、さすがに私が冷たすぎる悪い人間みたいで罪悪感があるな……よし、1000円なら買ってやるか)
このように、「相手に『断って悪いことをした』という罪悪感を植え付け、譲歩の『お返し(返報性)』を迫る」のが、ドア・イン・ザ・フェイスの怖さなのです。
ビジネスの現場での使い方
実際の現場で「ドア・イン・ザ・フェイス」がどう使われているのか、よくある3つの場面を見てみましょう。
「納期交渉は、ドア・イン・ザ・フェイスで『絶対に無理な納期』からふっかけろ」
- 裏にある意味・意図:
- 「システムの開発期間について、お客さんに『1ヶ月(本命)』欲しい時、『1ヶ月ください』と正直に言うな。最初は『これ、どう急いでも3ヶ月かかります!』と大げさに吹っかけろ。当然お客さんは『遅すぎる!ふざけるな!』とキレる(最初の断り)。そこで『わかりました。徹夜でスタッフをかき集めます。特別に1ヶ月でやります!』と譲歩してみせろ。するとお客さんは『おお、そこまで無理をして我慢してくれたのか、ありがとう!』と、大満足で1ヶ月の納期を受け入れてくれるぞ」
- 取引先を気持ちよく納得させるための、計算されたハッタリ(譲歩の演出)。
「寄付のお願いで『10万円のゴールドコース』を見せてから『千円のブロンズ』を勧めるんだ」
- 裏にある意味・意図:
- 「NPO法人の寄付金を集める時、いきなり『千円ください』と言うと無視される。パンフレットの一番上に、大富豪向けの『10万円のゴールド会員のご案内(要求)』を載せておけ。一般人はそれを見て『こんなの払えるか!』と心の中で断る。その直後にパンフレットの右下に『※月にコーヒー数杯分(1000円)から始められるコースもあります』と書いておけば、『まあ、10万円は無理だけど、あんなに頑張ってる団体なんだから1000円くらいなら出してやるか』という心理が働いて、一番欲しい千円の寄付が激増するんだ」
- アンカリング効果(最初に高い値段を見せる)と組み合わせた、強烈な資金調達テクニック。
「ドア・イン・ザ・フェイスは同じ人には1回しか使えない『劇薬』だぞ」
- 裏にある意味・意図:
- 「ふっかけてから譲歩するこのテクニックは、強力だが『お前、いつもそれやってんな!最初から安い要求しかする気ないだろ!』とバレた瞬間に、相手からの信用がマイナス100になる。毎回毎回ウソのデカい要求を吹っかける誠意のない奴だと思われるから、ここぞという最重要な交渉(一発勝負)の時にしか使ってはいけないよ」
- 人間の「罪悪感」を弄ぶ行為であるため、乱用による信頼関係崩壊への警告。
「フット・イン・ザ・ドア」との違い
交渉術には、真逆の「フット・イン・ザ・ドア」という言葉が必ずセットで登場します。方向性の違いで覚えましょう。
| 比較ポイント | ドア・イン・ザ・フェイス(返報性の法則) | フット・イン・ザ・ドア(一貫性の法則) |
|---|---|---|
| 最初のお願いの大きさ | 「100万円貸して!(バカでかい要求)」からスタート。 | 「100円だけ貸して(小さな要求)」からスタート。 |
| その後の展開(階段の作り方) | それは絶対無理だろ!と断らせた直後に、「じゃあ、千円でいいから!」と本命の要求に急に下げる。 | さっきの100円ありがとう、「じゃあ次は千円貸して」と本命の要求へジワジワ大きくする。 |
| 利用している【人間のバグ】 | 「相手が大きな要求を引っ込めて譲歩してくれたから、自分も小さな要求くらいは飲んでお返ししなきゃ悪いな」という【返報性(お返し・罪悪感)】の心理。 | 「一度自分の意思でOKしたんだから、次も断って矛盾するのは嫌だな」という【一貫性(最後まで付き合う)】の心理。 |
見分け方としては、「最初に『デカい要求』をぶつけてドアをバタン!と顔の前で閉めさせる(断らせる)のが、ドアインザフェイス。最初に『小さな要求』でドアの隙間にスッと足(フット)をねじ込むのが、フットインザドア」と覚えましょう。
まとめ
- ドア・イン・ザ・フェイスとは、最初に相手が確実に断るであろう「極端に大きな要求」を提示し、断られた直後に「では、これはどうですか?」と大幅に譲歩した「本命の小さな要求」を示すことで、承諾を得る交渉テクニック。
- 人間が持つ「相手が譲歩(ガマン)してくれたのだから、自分も譲歩してお返し(妥協)をしなければ悪い人間になってしまう」という、罪悪感に近い返報性の心理を利用している。
- 子供が親に取り入る「お母さん、犬飼って!絶対無理?……じゃあせめて今日だけファミレス行かせて!」というおねだりが、世界で最も無意識に使われているドア・イン・ザ・フェイスの典型例である。
今日できるミニアクション: もしあなたが、職場で「今週の金曜日に、どうしても有給休暇を取りたい」と思ったとします。それを上司にストレートに「金曜休みます」と言うと、渋い顔をされるかもしれません。そこでドア・イン・ザ・フェイスの出番です。 週の初めに、上司の機嫌がいい時を狙って「すいません、来月の頭に『丸々1週間くらい』大型の休みって取れますかね…?(絶対に無理な要求)」と相談します。上司は「バカ言え!今の繁忙期に1週間も休まれたら会社が回らん!」と却下(ドアを閉める)します。そこであなたは申し訳無さそうに「ですよね……すいません、甘かったです。じゃあ……せめて『今週の金曜日1日だけ』お休みをもらってもいいですか?」と本命を繰り出します。上司は「(1週間をバッサリ断って悪いことしたな)……まあ、1日だけならなんとか調整してやるよ」と、あっさり許可してくれる確率が格段に上がるはずです。(※乱用にはご注意ください)